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仙台高等裁判所 昭和60年(行ケ)1号 判決

原告

大沢健一

右訴訟代理人弁護士

馬場亨

服部耕三

被告

青森県選挙管理委員会

右代表者委員長

盛田寛二

右訴訟代理人弁護士

小山田久夫

右指定代理人

中津克己

外四名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

(原告)

一  昭和五九年七月二二日執行の青森県三戸郡倉石村長選挙(以下「本件選挙」という。)の効力に関する審査請求につき、被告が同年一二月一九日にした裁決を取り消す。

二  本件選挙を無効とする。

三  訴訟費用は、被告の負担とする。

(被告)

主文同旨。

第二  当事者の主張

(原告の主張した請求原因)

一  本件選挙の選挙人である原告ほか四名は、昭和五九年八月四日、倉石村選挙管理委員会(以下「村選管」という。)に対し、本件選挙が無効である旨主張し、異議申立てをしたが、村選管が、同年八月二三日、右申立てを棄却したので、同年九月一四日、被告に対し、審査請求の申立てをしたところ、被告は、同年一二月一九日、右審査請求の申立てを棄却する旨の裁決をした。

二  しかし、本件選挙は、次のような違法が相乗的に作用した状況下において行われたものであり、しかも、本件選挙における最終得票数は、中田喜美雄候補が一三二九票、上山幸吉候補が一三二七票であって、得票数の差が僅か二票であったことに鑑みれば、右違法が本件選挙の結果に重大な影響を与えたことは明白であるから、本件選挙は無効である。

1 選挙人名簿の瑕疵

(一) 村選管は、本件選挙の執行に当たり、次の一一名が正当に住民基本台帳に記録され、公職選挙法二一条一項の規定により選挙人名簿に登録される資格を有しているにもかかわらず、違法に登録しなかった。

志村正、志村清子、大沢豊、大沢トモ子、江戸俊幸、江戸節子、今川江美子、柳沢利男、柳沢ゆみ子、本田まつ子、下村ヨネ。

(二) 村選管は、本件選挙の執行に当たり、次の三名が正当に住民基本台帳に登録され、選挙人名簿から抹消されるべき理由がないにもかかわらず、公職選挙法二八条二号の規定に違反して選挙人名簿から抹消した。

奥市太郎、奥モト、本田英理子。

(三) 村選管は、本件選挙の執行に当たり、次の二七名が倉石村に住所を有しない者であることを知りながら、あえて公職選挙法二七条一項、同法二八条二号の規定に違反してこれらの者を選挙人名簿から抹消しなかった。

赤坂繁見、今川邦雄、今川典子、立花敏子、上山君雄、小笠原真弓、上山美穂子、高村京子、高村牧子、三浦政廣、竹原節夫、大沢浩子、小渡松博、向山明子、向山ひろみ、大沢益男、大沢あゆ子、高村千栄子、赤坂察子、小林良一、竹原操、小笠原時雄、丸谷泰男、丸谷喜美枝、丸谷英勅、中田文治、岩井雅治。

倉石村は、有権者数が二八二四名の小さな村であるから、村選管が右事実を知らなかったなどということはありえない。しかも、村選管事務局員には、倉石村村民の動静を把握しうる地位にある同村総務課長竹洞繁雄や、同係長赤坂定美らも加わっていたことを考えればなおさらである。そして、村選管は、前記村民の少なからぬ者が数年から一〇年にもわたって倉石村に居住していないにもかかわらずこれを選挙人名簿に登録し続けてきたものであるから、公職選挙法施行令一〇条に基づく被登録資格の調査手続には、単に、同法二四条による選挙人名簿登録に対する異議手続のみをもってしては治癒しえない程度の公職選挙法二二条に違反する重大な瑕疵が存するものというべきである。特に、丸谷英勅は、村選管委員長丸谷英雄の長男であり、中田文治は、村長中田喜美雄の子息であり、丸谷泰男は、右丸谷英雄の甥で、村助役丸谷安治の子息であり、丸谷喜美子は丸谷泰男の妻であるから、村選管がこれらの者の居住要件を知らなかったなどということはありえない。

2 立候補予定者の公職選挙法違反行為

村長立候補予定者であった当時の村長中田喜美雄は、次のような公職選挙法違反行為を組織的かつ大規模に行ったので、本件選挙の選挙人である漆戸哲甫が村選管に対して文書で是正処置を求めたのに、村選管は何ら適切な措置を講ぜずこれを放置し、選挙人の自由かつ公正な判断による投票が期待できない状況下において本件選挙が行われた。

(一) 公職選挙法一四二条、一二九条違反

(1) 倉石村の各戸に配布する月刊広報紙「くらいし」の昭和五九年六月二五日号において、新過疎地域振興計画の策定、異常低温対策、農家経営の健全化対策、五戸台地開発事業、診療所運営、冠婚行事の改善、合理化等の事業を推進するとの所信を表明し、前任者の沼沢村長の実績を引き継いでコミュニティーセンターをはじめ諸施策を実施できたことについて感謝の意を表し、村民の夢と心を大事にし活力ある行政の推進に全力を傾け真の村民の平和幸福を守るための最善の努力をする覚悟であることを述べたうえ、第二期にむけて起意表明し、議員並びに村民各位の理解協力を求める旨の文章を掲載し、本件選挙告示の直前、行政連絡員を通じて村内各戸に配布し、(2) また、同年七月一〇日頃、暑中見舞いの葉書を選挙運動のために村内全戸に頒布した。

(二) 公職選挙法二三五条違反

選挙運動用の葉書に元村長坂本勝雄の氏名を無断で使用し、有権者約二五〇〇名に頒布した。

三  以上のとおり、本件選挙は無効であり、その旨の原告の主張を排斥した本件裁決の認定判断は誤りであるから、本件裁決の取消し及び本件選挙無効の判決を求める。

(被告の答弁及び主張)

一  請求原因一の事実を認める

二  同二の冒頭の事実のうち、本件選挙における最終得票数は、中田喜美雄候補が一三二九票、上山幸吉候補が一三二七票であって、得票数の差が二票であった事実を認め、本件選挙が無効であるとの原告の主張は争う。

1 同二、1について

(一) 同二、1、(一)のうち、村選管が原告主張の一一名を選挙人名簿に登録しなかった事実を認めるが、その余の事実を否認する。右一一名は、本件選挙について公職選挙法二二条二項の規定に基づく選挙人名簿の登録(以下「本件選挙時登録という。)当時、倉石村に住所を有していなかった。

(二) 同二、1、(二)のうち、村選管が原告主張の三名の選挙人名簿から抹消した事実を認めるが、その余の事実を否認する。右三名は、本件選挙時登録当時、倉石村に住所を有していなかった。

(三) 同二、1、(三)のうち、原告主張の二七名を選挙人名簿から抹消しなかった事実、三浦政廣、竹原節夫、小林良一、竹原操、小笠原時雄、丸谷泰男、丸谷喜美枝、岩井雅治を除くその余の一九名が本件選挙時登録当時倉石村に住所を有していなかった事実、倉石村総務課長竹洞繁雄が村選管の事務局長、係長赤坂定美が村選管書記を併任していた事実及び丸谷英勅、中田文治、丸谷泰男、丸谷喜美枝の身分関係が原告主張のとおりであることを認めるがその余の事実を否認する。

本件選挙時登録当時の倉石村の有権者数は二八二四名(男一三四一名、女一四八三名)であり、総人口は約四〇〇〇名である。これらの村民は広い村に分散し、その年令、職業や生活様式も多岐にわたっているので、村民が相互に旧知、顔見知りという単純なものではない。村内には事業所が少ないため、遠距離通勤をして夜の僅かな時間を家で過ごすのみであったりする者や、営農の傍ら農閑期等に出稼ぎに出ている者も少なくない。このような状況のもとでは、村民が相互にすべての村民の生活の実態を知りうるものではない。したがって、村選管の事務局長である竹洞繁雄、同書記の赤坂定美らがその職務柄多くの村民の動向を知り易い立場にはあるといっても、村民のすべてを網羅的に把握することは到底不可能である。

(四) 村選管は、昭和五九年六月六日開催の委員会において、公職選挙法二二条二項の規定に基づいて行う選挙時登録の基準となる日を同年七月一五日、登録を行う日を同年七月一六日、公職選挙法二三条の規定に基づく縦覧期間を同年七月一七日から同月一八日までと決定し、それぞれの事項につき同年六月七日に告示した。また、右委員会において、公職選挙法施行令一〇条の規定に基づく被登録資格の調査を、

① 昭和五八年七月二七日以降の転入者

② ①の転入者の配偶者であって従前から倉石村に住所を有する者

③ 昭和五八年一二月に実施した被登録資格の調査に伴う抹消者でその後倉石村に居住していると申出のあった者

④ 昭和五九年一月以降倉石村に居住しているかどうか疑義が生じた者

を対象として実施することを決定し、また、右以外の者であっても村選管事務局が調査の必要があると認める者について随時調査を行うことを決定した。

調査の方法は、まず前記①から④までの者を掲載した名簿によりそれぞれの者について倉石村に住所を有するか否かを村選管の全委員で検討し、その住所について確認が得られた者と確認が得られない者に区別し、確認が得られない者については更に調査を行った。

この調査は、予めその対象者に調査表を送付し、調査表を村選管に提出する際に事情を聴取し、それでもなおその住所について確認が得られない者については本人の主張する住所地等において実地調査をするという方法によった。そして、村選管は、以上の被登録資格の調査の結果に基づき、昭和五九年七月一六日開催の委員会において、本件選挙時登録の被登録者を決定し、同日登録を行った。

公職選挙法二三条の規定に基づく書面は、昭和五九年七月一七日から同年七月一八日までの二日間、選挙人の縦覧に供された。その縦覧期間内に縦覧した選挙人は四名であり、縦覧期間内に異議の申出をした者はなかった。

以上の村選管の選挙時登録手続に何ら違法はない。

なお、前記のとおり、本件選挙時登録において倉石村に住所を有しないと認められる者が本件選挙の選挙人名簿に登録されているが、公職選挙法二二条二項は同法二〇五条一項の「選挙の規定」には当たらない。すなわち、同法二二条二項に基づく選挙時登録は、当該選挙のみを目的とするものではなく、当該選挙が行われる機会に選挙人名簿を補充する趣旨でなされるものであるから、それらの手続は、当該選挙の管理執行とは別個のものだからである。したがって、選挙人名簿の個々の登録の瑕疵は、本来公職選挙法二四条及び二五条の手続によってのみ争われるべきものであり、選挙の効力を争う理由にはならない。

2 同二、2について

(一) 同二、2の冒頭の事実のうち、村選管が文書により是正措置要求を受けたことを認め、その余の事実を否認する。村選管は、原告主張の文書による是正措置要求を受け、これに対し選挙運動の違反行為に関しては村選管の権限ではない旨電話による回答をしている。

(二) 同二、2、(一)、(1)の事実のうち、倉石村が村民各戸に配布する月刊広報「くらいし」の昭和五九年六月二五日号に、村長中田喜美雄の村政報告が掲載され、その中に原告が要約したような文章が記載されていることを認め、その余の事実を否認する。同二、2、(一)、(2)の事実のうち、村長中田喜美雄が暑中見舞のはがきを出した事実を認めるが、村内全戸に出した事実は不知。同二、2、(二)の事実は不知。

(三) 選挙運動の取締規定や選挙罰則に関する規定は、公職選挙法二〇五条一項の「選挙の規定」に当たらないし、また、同条にいう「違反する」主体は、選挙の管理執行に当たる機関である。したがって、村選管の前記(一)の回答及び原告の主張する事実はいずれも、本件選挙無効の原因とはならない。

また、選挙無効の原因となる「法の基本理念である自由公正の原則が著しく阻害される場合」とは、例えば、官憲その他による甚だしい弾圧、干渉、妨害又は広範囲にわたる買収、利害誘導が行われ、選挙人の自由かつ公正な投票が到底期待しがたいような事由がある場合を指すものと解されるから、仮に、本件選挙において、原告主張の事実が選挙運動の取締規定に違反して行われたとしても、これらの行為をもって本件選挙において選挙人全般の自由かつ公正な判断による投票が期待しえず本件選挙を無効としなければならない程度に選挙の自由公正が著しく阻害されたものとはいえない。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一請求原因一の事実、同二の冒頭の事実のうち、本件選挙における最終得票数は中田喜美雄候補が一三二九票、上山幸吉候補が一三二七票であって、得票数の差が二票であった事実は当事者間に争いがない。

二選挙人名簿の瑕疵の主張について

1  請求原因二、1、(一)のうち、村選管が原告主張の一一名を選挙人名簿に登録しなかった事実、同二、1、(二)のうち、村選管が原告主張の三名を選挙人名簿から抹消した事実は当事者間に争いがない。そして、右争いのない事実に〈証拠〉を総合すると次の事実が認められる。

村選管は、昭和五九年六月六日開催の委員会において、登録の基準となる日を同年七月一五日、登録を行う日を同年七月一六日、公職選挙法二三条の規定に基づく縦覧期間を同年七月一七日から同月一八日までと決定し、それぞれの事項につき同年六月七日に告示した。また、右委員会において、公職選挙法施行令一〇条の規定に基づく被登録資格の調査を、

①  昭和五八年七月二七日以降の転入者

②  ①の転入者の配偶者であって従前から倉石村に住所を有する者

③  昭和五八年一二月に実施した被登録資格の調査に伴う抹消者でその後倉石村に居住していると申出のあった者

④  昭和五九年一月以降倉石村に居住しているかどうか疑義が生じた者

を対象として実施することを決定し、また、右以外の者であっても村選管事務局が調査の必要があると認める者について随時調査を行うことを決定した。

調査の方法は、まず前記①から④までの者を掲載した名簿によりそれぞれの者について倉石村に住所を有するか否かを村選管の全委員で検討し、その住所について確認が得られた者と確認が得られない者に区別し、確認が得られない者については更に調査を行った。

この調査は、予めその対象者に調査表を送付し、調査表を村選管に提出する際に事情を聴取し、それでもなおその住所について確認が得られない者については本人の主張する住所地等において実地調査をするという方法によった。そして、村選管は、以上の被登録資格の調査の結果に基づき、昭和五九年七月一六日開催の委員会において、本件選挙時登録の被登録者を決定し、同日登録を行った。

公職選挙法二三条の規定に基づく書面は、昭和五九年七月一七日から同年七月一八日までの二日間、選挙人の縦覧に供された。その縦覧期間内に縦覧した選挙人は四名であり、縦覧期間内に異議の申出をした者はなかった。

村選管は、右の手続を経て、請求原因二、1、(一)の一一名及び同二、1、(二)の三名の者がいずれも本件選挙時登録当時倉石村に住所を有しないものと認定し、前者の一一名については選挙人名簿に登録せず、後者の三名については選挙人名簿から抹消したものである。そして、本件全証拠によるも、その過程に違法があるとは認められない。

原告は、請求原因二、1、(二)の一一名が公職選挙法二一条一項の規定により選挙人名簿に登録される資格を有しており、同二、1、(二)の三名が選挙人名簿から抹消されるべき理由がないと主張する。そして、右主張に副う原告本人尋問の結果及び成立に争いのない甲第四一号証の記載内容の一部があるところ、右原告本人尋問の結果はその裏付となる客観的証拠がなく前掲各証拠に対比してにわかに採用することができないし、また、右甲第四一号証の記載内容の一部は、本件選挙に関し地方自治法一〇〇条の規定に基づき設立された倉石村長選挙事務調査特別委員会が村選管の事務の執行の疑義に関し調査して問題を明確にするとともに、今後の選挙事務の公正を確保するためなされた調査の結果であり、弁論の全趣旨によれば、これに基づき討論がなされていることが窺われるが、少なくともこれだけではその判断の裏付となる客観的証拠が十分でなく前掲各証拠に対比して、右が直ちに適切妥当なものとまでは判定しがたく、にわかに採用することができない。

ところで、市町村の選挙管理委員会が公職選挙法二二条二項の規定に基づき選挙を行う場合にする選挙時登録は、当該選挙だけを目的とするものではなく、当該選挙が行われる機会に選挙人名簿を補充する趣旨でされるものであるから、その手続は、当該選挙の管理執行の手続とは別個のものに属し、したがって、右登録手続における市町村選挙管理委員会の行為が公職選挙法の規定に違反するとしても、直ちに同法二〇五条一項所定の選挙無効の原因である「選挙の規定に違反する」ものとはいえない。もっとも、選挙人名簿の調整に関する手続につきその全体に通ずる重大な瑕疵があり選挙人名簿自体が無効な場合において、選挙の管理執行に当たる機関が右無効な選挙人名簿によって選挙を行ったときには、右選挙は選挙の管理執行につき遵守すべき規定に違反するものとして無効とされることもありうるが、少なくとも選挙人名簿の個々の登録内容の誤り、すなわち選挙人名簿の脱漏、誤載に帰する瑕疵は、公職選挙法二四条、二五条の手続によってのみ争われるべきものであり、たとえそれが多数にのぼる場合であってもそれだけでは個々の登録の違法を来すことがあるにとどまり選挙人名簿自体を無効とするものではないから、右のような登録の瑕疵があることをもって選挙の効力を争うことは許されないものといわなければならない(最高裁第一小法廷昭和五三年七月一〇日判決・民集三二巻五号九〇四頁、最高裁第三小法廷昭和六〇年一月二二日判決・民集三九巻一号四四頁参照)。

したがって、仮に、前記の者らが本件選挙時登録当時倉石村に住所を有していて、選挙人名簿に登録されるべきであり又は登録の抹消がされるべきではなかったとしても、その瑕疵は、選挙人名簿の個々の登録内容の誤りに帰するものにすぎず、選挙人名簿自体が無効となる程度のものとはいえないから、公職選挙法二四条、二五条の手続によってのみ争われるべきものである。たまたま、本件選挙の得票数の差が二票であったからといって、右の結論に影響を及ぼすものではない。

2  請求原因二、1、(三)のうち、原告主張の二七名を選挙人名簿から抹消しなかった事実、三浦政廣、竹原節夫、小林良一、竹原操、小笠原時雄、丸谷泰男、丸谷喜美枝、岩井雅治を除くその余の一九名が本件選挙時登録当時倉石村に住所を有していなかった事実は、当事者間に争いがない。

しかし、仮に、原告主張の二七名全員が本件選挙時登録当時倉石村に住所を有していなかったとしても、村選管がその事実を知りながら、あえてこれらの者を選挙人名簿から抹消しなかったという原告主張の事実を認めるに足りる証拠はない。したがって、右瑕疵は、選挙人名簿の個々の登録内容の誤りに帰し、選挙人名簿自体が無効となる程度のものとはいえないから、公職選挙法二四条、二五条の手続によってのみ争われるべきものである。たまたま、本件選挙の得票数の差が二票であったからといって、右の結論に影響を及ぼすものではない。

(一)  原告は、倉石村は小さな村であるから村選管が右事実を知らなかったなどということはありえず、しかも、村選管事務局員には、倉石村村民の動静を把握しうる地位にある同村総務課長竹洞繁雄や、同係長赤坂定美らも加わっていたことを考えればなおさらであると主張する。

しかし、証人竹原正悦の証言及び弁論の全趣旨によれば、本件選挙時の倉石村の有権者数は二八二四名(男一三四一名、女一四八三名)であり、総人口は約四〇〇〇名であるが、山間部に二四の部落が散在し、村民の年令、職業や生活様式も多岐にわたっているので、村民が相互に旧知、顔見知りというものではないこと、村内には事業所が少ないため、遠距離通勤をして夜の僅かな時間を家で過ごすのみである者もあったり、また、営農の傍ら農閑期等に出稼ぎに出ている者も少なくなく、このような状況のもとにおいては村民が相互にすべての村民の生活の実態を知りうるものではないから、村選管の事務局長である竹洞繁雄、同書記の赤坂定美らがその職務柄多くの村民の動向を知り易い立場にはあっても、村民のすべてを網羅的に把握することは到底不可能であり、村選管が調査しても前記の事実を把握できなかったことも当然ありうるものということができる。よって原告の右主張は採用することができない。

(二)  次に、原告は、丸谷英勅は村選管委員長丸谷英雄の長男であり、中田文治は村長中田喜美雄の子息であり、丸谷泰男は右丸谷英雄の甥で村助役丸谷安治の子息であり、丸谷喜美子は丸谷泰男の妻であるから、これらの者の居住要件について、村選管が知らなかったなどということはありえないと主張するので検討する。

(1) 丸谷英勅が村選管委員長丸谷英雄の長男であること及び本件選挙時登録当時生活の本拠が倉石村になかった事実は当事者間に争いがない。しかし、〈証拠〉を総合すると、丸谷英勅は、昭和五五年以降五戸町の町営住宅に妻子と同居し勤務先の倉石村農業協同組合に通勤していたが、離婚問題が生じたため、昭和五九年四月五日、倉石村に家族全員の転入届を出したうえ、本人のみが倉石村の両親宅に身を寄せたものの、同年七月二三日、弘前市に転居したものであること及び丸谷英雄が同年七月一六日、村選管の選挙人名簿登録の審議の際に、選挙人名簿登録時点は家から通勤している旨説明し、村選管もそれを信用して丸谷英勅の登録を抹消しなかったことが認められ、丸谷英雄の右説明も家庭の事情を公にしたくないとの心情によるものと推認するのが相当である。

(2) 中田文治が、村長中田喜美雄の子息であること及び本件選挙時登録当時生活の本拠が倉石村になかった事実は当事者間に争いがない。しかし、〈証拠〉を総合すると、村選管は、中田文治が当時倉石村の親もとから名久井農業高校に非常勤講師として自動車で通勤していたという調査結果から同人の本件選挙時登録当時生活の本拠を倉石村と認定したものであって、同人が昭和五八年五月以降名川町のアパートを借りて住んでおり、自動車免許を取得したため、昭和五九年三月末より倉石村の親もとから自動車で通勤することもあったのが実状であった事実は知らなかったことが認められる。

(3) 丸谷泰男が村長丸谷英雄の甥で村助役丸谷安治の子息であり、丸谷喜美枝が丸谷泰男の妻であることは当事者間に争いがない。しかし、〈証拠〉を総合すると、丸谷泰男は、本件選挙時登録当時八戸市の中央青果株式会社に勤務し、八戸市にも居宅を有していたが、昭和五九年五月二一日より倉石村からの通勤手当の支給を受け、住民票上の住所である倉石村の居宅から通勤していた事実もあったこと、村選管は、同人が倉石村の居宅から通勤していたという調査結果から同人及び妻の丸谷喜美枝の本件選挙時登録当時の生活の本拠を倉石村と認定したものであって、仮に、同人らの生活の本拠が八戸市であったとしても、その事実を把握しえなかったことが認められる。

右各事実によれば、村選管において、丸谷英勅、中田文治、丸谷泰男、丸谷喜美枝らが本件選挙時登録当時倉石村に住所を有していなかった事実を知りながらあえて選挙人名簿から抹消しなかったとはいえないし、また、抹消しなかった事実をもって選挙人名簿自体を無効にする瑕疵に当たるともいえない。

三立候補予定者の公職選挙法違反行為の主張について

公職選挙法二〇五条一項は、選挙無効の要件の一つとして、「選挙の規定に違反することがあるとき」を挙げているが、右「選挙の規定に違反することがあるとき」とは、選挙管理の任にある機関が選挙の管理執行の手続に関する明文の規定に違反することのある場合だけでなく、直接明文の規定はなくても、選挙の基本理念である選挙の自由公正の原則が著しく阻害された場合をも指すと解するのが相当である(最高裁第二小法廷昭和三一年一〇月五日判決・裁判集民事二三号四一三頁、最高裁第一小法廷昭和五一年九月三〇日判決・民集三〇巻八号八三八頁参照)。

本件についてこれをみると、請求原因二、2の冒頭の事実のうち、村選管が文書により是正措置要求を受けたこと、同二、2、(一)、(1)の事実のうち、倉石村が村民各戸に配布する月刊広報「くらいし」の昭和五九年六月二五日号に、村長中田喜美雄の村政報告が掲載され、その中に原告が要約したような文章が記載されていること、同二、2、(一)、(2)の事実のうち、村長中田喜美雄が暑中見舞のはがきを出したこと、以上の事実は当事者間に争いがないが、その余の原告主張事実については、これを認めるに足りる証拠はない。そして、右当事者間に争いがない事実があるからといって、本件選挙に関し自由公正の原則が著しく阻害されたということは到底できず、本件選挙が無効であるということはできない。

四以上によれば、被告の裁決は正当であり、原告の本訴請求はいずれも理由がないから失当として棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官奈良次郎 裁判官伊藤豊治 裁判官石井彦壽)

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